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2007.12.31 (Mon)

「こうもり」

0061.jpg

大晦日になりました。
日本では、暮れにコンサートと言えば、「第九」ですが、
ウィーンではオペレッタ「こうもり」が上演されていました。
普段、オペレッタはVolksoperでかかることが多いのですが、
「こうもり」は国立歌劇場(Staatsoper)のほうでも上演されていました。

ずいぶん前のことなので、記憶が定かではないのですが、
たしか、両方の出演者、指揮者を見比べて、
ドミンゴが指揮をするウィーン国立歌劇場の方に出かけたようです。
その時のプログラムの表紙
oper1


出演者一覧です。
oper2

日付は1978年12月31日になっています。
サインはもちろんドミンゴ


あらすじ
 19世紀後半のお話。裕福な銀行家のアイゼンシュタインは、
 酒癖のせいで下らないことで牢屋に入ることに。
 そのうえ有能ではない弁護士のブリントのせいでさらに拘留期間が延びてしまいます。
 そこに友人のファルケ博士がやってきて、
 刑務所に入る前に内緒でいい女がいっぱいいる金持ちの
 仮面舞踏会に行かないかと誘います。
 実は小間使いのアデーレも妹のイーダからこの夜会に誘われていて、
 叔母が病気でと嘘をつき何とか休暇をとろうとします。
 アイゼンシュタインは適当な理由をつけて燕尾服を着て
 妻のロザリンデには刑務所と偽って夜会に出かけていきます。

 ロザリンデアデーレに休暇をやって夫が留守の間に
 元恋人のアルフレートと夫婦気取りでディナーを楽しむことに。
 ところが刑務所長のフランクがやってきて、
 アイゼンシュタインと勘違いしてアルフレートを連行してしまいます。
 がっかりしているところに、ファルケ博士からの手紙で
 夫が夜会に行ったことを知り、憤慨したロザリンデは自分も仮面をつけて乗り込みます。

 オルロフスキー公の夜会では、アイゼンシュタインがフランス貴族と称し、美女を物色中。
 そこには、自称女優のアデーレ(小間使い)、フランスの騎士に扮したフランク(刑務所長)、 
 そしてハンガリーの貴婦人に扮した妻のロザリンデが、
 それぞれ自分の素性がバレそうになりながらも、演技を続けます。
 本当の事情を知っているオルロフスキー公は退屈しのぎのこの茶番劇にごきげん。

 実は、この夜会はアイゼンシュタインを笑いものにしようと、
 ファルケ博士が仕組んだお芝居でした。
 3年前の仮面舞踏会の帰り、アイゼンシュタインが友人のファルケ
 こうもり姿のまま置き去りにしたため、
 ウィーン中に「こうもり博士」という不名誉なあだ名をつけられて 
 笑い者にされてしまったといういきさつがあったのです。
 それ以来、いつかしかえししてやろうと、
 機会をねらっていたファルケ博士のいたずらでした。

 刑務所長の部屋に夜会から帰ってきた一行が揃い、それぞれの正体がわかり、
 アイゼンシュタインは浮気をしようとしていたのがバレ、大騒ぎとなります。
 そこに今回の騒ぎの仕掛け張本人であるファルケ博士がやってきて、
 これは全部「こうもりの復讐」というお芝居と打ち明け、
 すべてシャンパンの泡のせいにしてめでたく幕がおります。



明るい音楽、派手な衣裳の夜会場面など、
大晦日に見るのには、楽しいオペレッタです。
歌だけでなくて、セリフ部分もあります。
アドリブも多くって、この日は アイゼンシュタイン
指揮者のドミンゴに「ドミンゴ〜助けてくれよ〜」と言って、
場内を沸かせていました。

ドミンゴ指揮のCD。視聴リンクありますので、
雰囲気知りたい、ちょこっと聞きたい方はどうぞ。


仮面舞踏会では、みんなが、自分以外のものに扮して、楽しんでいます。
(オルコフスキー公以外)
一夜明けて、元の自分にもどれるから、自分以外のものになりきるのも楽しいのでしょうね。
そういえば、マリーアントワネットも身分を隠すため仮面をつけて、よくお忍びで遊んでいたようです。

現代では、仮面舞踏会のかわりに、
ネット上で、自分以外のものになれる時代です。
たとえば、大人が学生と言って、書き込めば通用してしまいます。
会社員が女子大生にもなれます。(怖いぞ)
そして、ネット仮面は一夜明けても元に戻れない怖さがありますね。

大晦日、一夜明ければ、新しい年になります。
新しい年、自分を見失わないで、大切に生きていきたいです。

相変わらず、まったりアルマンドの速度で更新中のブログですが、
来年もよろしくお願いします。

EDIT  |  07:42  |  オペラ  |  TB(0)  |  CM(4)  |  Top↑

2007.12.17 (Mon)

クリスマスの頃

12月に入って、日本もお店などで、
クリスマスの飾り付けが見られるようになりました。
ヨーロッパではクリスマス市が立ち、
寒い中独特の雰囲気に包まれます。

そろそろ、焼かなくては・・・と思い、
シュトーレンを焼きました。
なぜかというと、最低10日置かないと
このケーキは美味しくならないのです。
この日のために、レーズンをラム酒に漬けておきました。
いつもは1本しか焼かないのですが、
今年は2本。
これで、たっぷり楽しめます。
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そして、 Vanillekipferln(バニッレキプフェルン)ウィーンでアドベント(クリスマス前の4週間)の期間に焼かれるクッキーです。
バターがたっぷり入った、雪のように粉砂糖がまぶしてある
三日月型のお菓子です。
ウィーンでこのお菓子がリボンでクリスマスツリーにつるしてあるのを見たこともあります。

この、粉砂糖がVanillezucker(バニラツッカー)と言って、
バニラの香りがする粉砂糖。
日本にはなかったのでずっと焼くのをあきらめていたのですが、
最近では通販や東急ハンズなどで、売られているようです。
私はというと、粉砂糖を瓶に入れて、バニラビーンズを入れ一週間待つと、
香りがつくことを知り、これを使いました。

このレシピも各家庭で違うようで、
バニッレキプフェルが上手に焼けるのも良い奥さんの条件と聞いたことがあります。

焼く前の状態。
005.jpg

焼きあがって熱いうちに粉砂糖の中に入れます。
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この三日月型。
実はオスマントルコのウィーン包囲の際、
トルコ軍の旗についていた三日月のマークを見て、
パン職人がパン生地を三角に巻いて作ったのが始まりと言います。
初めはクルミなどが入っていたそうです。
ウィーンではクッキーでもパンでもこの形のものを
キプフェルンと呼んでいたと思います。

あのマリーアントワネットがフランスに嫁いだ後、
ウィーンで食べたキプフェルが食べたくて、命じて作らせたそうで、
これが、フランスのクロワッサンになって、残っているそうです。
クロワッサンという言葉は1900年初めにフランス語に出てきたそうですので、
意外と新しい言葉だったのですね。

アントワネットはたった一人、異国の地で、
どんな思いで母国のキプフェルンを食べたのでしょうね。



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2007.12.09 (Sun)

WONDERFUL CHARITY CONCERT

たまたま、知り合いからチケットが回ってきたので、
隣の市の市民会館でのコンサートに出かけました。

************************
ワンダフルチャリティーコンサート
プログラム
  第1部「オーケストラの響き」
     指揮 野仲敬之助 
     ワンダフルコンサートオーケストラ
     (東京フィルハーモニー管弦楽団およびその他のプロオーケストラのメンバー有志)
     ソプラノ、バンドゥーラ  ステパニュック・オクサーナ
     
    ♪ 軽騎兵序曲             スッペ
    ♪ おもちゃのシンフォニー      レオポルド・モーツアルト(父)
    ♪ バンドゥーラ協奏曲         ミャースコフ
    ♪ ドゥニプロウスキーワルツ     シャモー
    ♪ 運命(第1楽章)           ベートーベン
    ♪ クリスマス・フェスティバル    ルロイ・アンダーソン

  第2部「音楽物語」 お話 野仲敬之助作
    ♪ サンサーンス作曲 「動物の謝肉祭」
      出演:語り 山下洋子
          バレエ フレンドバレエ
          ピアノ 港 明美 /木村裕平
************************

このコンサートは
子どもたちにオーケストラの音楽に親しんでもらいたい、
障害のある人もない人もともに素晴らしい音楽にふれたい、
コンサートに来てくださった方々の気持ちを集めて福祉に役立てられたら・・・
という、チャリティコンサートでした。

会場には多くの子どもたち、また、施設からバスで障害者の方たちもたくさん来ていました。
舞台両脇には大きなクリスマスツリーが飾られていました。

「軽騎兵序曲」「おもちゃのシンフォニー」
小学生の頃擦り切れるほどレコードは聞いたことある曲でした。
でも、生で聴くのは初めて。
って、この曲こういうファミリーコンサートでもなければ
生では演奏されないんじゃないかしら。
おもちゃ担当は地元の子どもたちでした。

「バンドゥーラ協奏曲」はウクライナの歌姫オクサーナさんが、民族楽器を披露。
不思議な形の弦楽器。竪琴のような楽器で、変わったひびきでした。
北欧の大地の澄んだ空気が聞こえるようでした。

そのあと「ドゥニプロウスキーワルツ」で美しいコロラトゥーラソプラノの歌声。
オクサーナさん、いかにも北欧出身の素敵な顔立ち、きれいなソプラノでした。

オーケストラの音もバランスが良くて、素晴らしい響きでした。
(実はあまり期待せずに行ったのです)
初めて子どもに聞かせるオーケストラはこうでなくちゃと思っていたら、
休憩のときに、「オーケストラっていいね〜」「こんな音だったんだ」という
親子の会話が耳に入りました。
子どもたちには貴重なものだったのではと思いました。
「オーケストラの始めのところ、プレステ3の起動の音と同じだ」なんて声も・・・
確かに音合わせの音だんだけれどね・・・プレステ3の起動の音って。


後半の「動物の謝肉祭」
2台ピアノとオーケストラそして、語りとバレエという欲張りなもの。
演出としてはおもしろかったのですが、
私としてはもっとピアノ2台が聴きたかったかな。
(ちなみに、ピアノはスタインウェイとヤマハのフルコンでした)

開演から約2時間半。
会場全体が楽しめる雰囲気の温かいコンサートでした。

外に出ると小雨が降っていて寒かったのですが、
久しぶりに心が温まっていました。
EDIT  |  09:54  |  コンサート  |  TB(0)  |  CM(2)  |  Top↑

2007.12.02 (Sun)

ベーゼンドルファーのその後・・・

すみません、またべーゼンのお話。

11月30日のニュースだと、ヤマハさんの勝利だそうです。
ベーゼンドルファーを1500万ユーロで逆転買収に成功したとのこと。

ベーゼンドルファーの経営権は60年代に一度アメリカ企業に移った後、
BAWAGが02年に買い取り、オーストリアに戻ったのに、
BAWAGが経営難に陥り、売却先を探していたそうです。

音量の「スタインウェイ」
音色の「べーゼンドルファー」

これから、べーゼンはどうなって行くのでしょう。

ただ、一台1千万はするべーゼンのピアノ。
そんなこと知らずに、弾いていた私・・・ああもったいない。
弦も何回か切ったことあったし。
駄々こねて、一台買ってくればよかったわ。

日本国内に設置しても、管理、保持に手間がかかって、敬遠されていたという話も。
ヤマハが管理するとなれば、メンテナンスがしやすくなって、
もっと普及するかもしれませんね。
だったら、ちょっとうれしいかな。

先日、ピアニストの仲道郁代さんが、
コンサートで使用したヤマハのピアノは、
夏に本社工場で選定し、温度湿度調整車で運送。
そのうえ、真空パックされていたそうです。
そのピアノを仲道さんと調律師の人で弾きこんで、
公演前夜にステージの上に。

我々一般人の家にお布団かけて運び込まれてくるピアノとは違うのね。

そういえば、昔の話ですが、
ウィーンからべーゼンのグランドを持ち帰った知人。
運んでみたら、日本の家の窓口から入らなかったそうで、
一晩 庭に置き、翌日家の一部の窓を壊して搬入したそうです。

一晩お庭でキャンプをしてしまったべーゼン。
その後の話は聞かなかったのですが、
大丈夫だったのかな?





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2007.12.01 (Sat)

一年経ちました

12月1日、今日でブログ開設して、一年になります。
ゆっくり、ゆったりの記事UPですが、
これからもよろしくお願いします。

♪♪♪

1周年を記念して(?)ブログのデザインを変えてみました。
あちこちいじってみましたが、どうも設定がよくわかりません





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